「飛脚マーク」 友情を運んで二十五年 北京で記念式典
2010/11/25

         中日友好協会の徐金平副会長から「中日友好使者名誉称号」を授与されるSGホ―ルディングスグル―プ株式会社の栗和田栄一会長(右)

中国日本友好協会理事 中国対外友好合作服務センター高級顧問 殷蓮玉=文・写真

    今秋、中国人民対外友好協会、中日友好協会、日中友好協会、日本SGホールディングスグループの共催で、「日本佐川急便株式会社日中友好交流25周年記念」行事が北京の中国人民対外友好協会を会場に開かれた。席上、中日友好協会の徐金平副会長がSGホールディングスグループ株式会社の栗和田栄一会長に「中日友好使者名誉称号」を授与した。式典には、中国人民対外友好協会、中日友好協会、日中友好協会、中国駐日大使館、SGホールディングスグループ、自動車メーカー各社代表、自動車整備技術研修生代表ら合わせて130人が出席した。

    佐川急便は1957年に設立、2006年にはSGホールディングスグループ株式会社に社名を変更した。半世紀を経て、現在六万人の社員を擁し、日本国内にとどまらず、中国を含むアジア各国でよく知られる宅急便業者に成長した。「佐川急便」と言えば、かわいい「飛脚マーク」が馴染み深い。中国の「改革・開放」事業が盛り上がっていた1985年から連続十年、同社は中国の運輸事業を実際に支援するため、毎年、多額の資金を投入して、同社の中古車を整備し、車両代金と輸送費を全額負担して、対外友好協会を通じて、中国各地に3000台の車両を贈呈した。これは運送手段が発達していない部門と地区に大きな力添えになった。それ以来よく知られるようになった『飛脚』は小荷物を背負ってチベット自治区を含む中国の大地を走り回り、中日友好の輪を広げている。

    筆者は対外友好協会の贈呈車受け入れ窓口の中国対外友好合作服務センター代表として、幸運にも贈呈車出発式に参列することができた。当日の横浜港は好天に恵まれ、佐川急便のドライバーが運転する三百台の車両が一列に並んで輸送船に乗り込む壮観に心打たれたことをいまでも鮮明に覚えている。

    日本の友人は中国で「飛脚マーク」の運送車が走っているのを目にすると、佐川急便は中国に会社を作っているのかと不審に思って聞いてくる。彼らに佐川急便の無償寄贈車だ、と説明すると、感銘を受け、賞賛を惜しまない。 運送車があれば、整備技師も必要になる。運送車贈呈事業が始まるに伴って、佐川国際経済協力会が出資して、自動車整備技術研修生養成が始まった。この二十年で、百五十五名を養成し、各地で跨りを持って働いている。特に近年、主に青海省、貴州省等の遠隔地の技術者養成に力を入れている。研修生たちは日産、日野、いすゞ、三菱等のメーカーで行き届いた研修を受けた。技術を取得しただけでなく、中日友好を広げている。二十五周年記念行事と同時に研修生同窓会も開催し、各地から研修生六十七名が北京に集まり、研修時代のインストラクターと親しく懇談した。

    長年、日中友好交流事業に貢献してきた佐川急便は、北京アジア競技大会、北京オリンピック、北京国際マラソン等の大型スポーツ大会に協力したほか、敦煌莫高窟の世界遺産保護にも足跡を残している。また、風光明媚な琵琶湖のほとりにある佐川美術館では、しばしば中国文化展を開催している。2000年から、上海博物館「青銅器名宝展」、旅順博物館「仏教芸術名品展」、南京博物院「中国青染磁器展」、中国国家博物館「隋唐美術名品展」を順次開催した。中国でもよく知られている平山郁夫画伯の西域風情名画専門館は佐川美術館に常設されている。

    2008年5月12日、四川藷辮・ェマグニチュード8の大地震に襲われた時、栗和田会長はいち早く社内会議を開き、「我々は中国人民の友人であり、藷辮・l民も私たちの兄弟姉妹です。兄弟姉妹が災難に遭ったときには、救助の手を伸ばすのが当然です」と呼びかけ、直ちに、日本からの救済物資輸送に協力するよう指示すると同時に、対外友好協会に、何が緊急に必要か問い合わせ、災害避難用テント1200張りを輸送した。

    SGホールディングスは日中交流に励むと同時に、中国における事業展開にも積極的に取り組んでいる。現在、中国で支社を含めて十一社に投資し、蓄積した管理経験と技術を提供し、自社の利益追求にとどまらず、中国物流事業の発展にも大いに貢献している。

人民中国インターネット版2010年11月

中国人民対外友好協会前で,「日本佐川急便株式会社日中友好交流25周年記念」行事に参加した来賓らが記念撮影

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