日本の学者,「中日の民間の力で平和の潮流を促進したい」
2014/04/19

 察哈爾(チャハル)円卓会議「衝突を回避する平和理念と戦略」が16日の午後に北京で開催された。同会議は察哈爾学会が主催したもので、中日両国から集まった学者10数名が中日関係や平和をめぐって討論した。同日、察哈爾学会の柯銀斌秘書長が会議の司会を務め、あいさつした。柯氏は、各出席者への歓迎の意を表した後、円卓会議に参加し、「学会は『平和学研究』を学会発展の2番目の重点方向に定めた」と述べた。環球網が伝えた。

 アジア平和貢献センターの西原春夫理事長(早稲田大学の前校長)は、「アジア共通の歴史認識を探るプラットフォームの実行可能性」と題した基調講演を行った。

 西原氏はまずはじめに幼年期の体験を振り返って、中国との関係について語った。西原氏は、幼年期に日本の軍国主義思想に影響され、日本の中国侵略の態度を支持していたことを後悔している。第2次世界大戦の終了によって、西原氏の価値観は非常に大きな変化が生じ、戦争と歴史の真実を知った。その頃の西原氏はまだ17歳だったが、日本が犯した罪を償うことを決意した。1982年、早稲田大学と北京大学の交流プログラムを通して、西原氏は初めて中国に足を踏み入れた。その後の数十年間、学術交流やアジア平和貢献センターの仕事で、中日間の平和に尽力してきた。関わったことはあまり大きなことではないかもしれないが、17歳の年に立てた誓いを守り続けた。

 西原氏は、自身の平和と中日関係に対して、「平和には広義と狭義の意味があり、平和の鍵は『対立の克服』だ」という見方を示した。「対立の克服」の方法はいくつもあるが、最も重要なのは共通点から入って討論を行うことであり、この方法は中日間の対立の解消への模索にもなるという。

 また、西原氏は、「中日間の共通点とは歴史の共通認識であるはず」という見方も示した。「人類社会の歴史は煩雑で複雑だが、我々は長い歴史的視野をもって、人類の歴史の底部に深く入り、表面的な支流や逆流の干渉を排除し、人類の歴史の主流をつかみ取るべきだ」として、「現代において人類の歴史の主流は平和だ。この一点は、欧州の歴史がすでに我々に証明してくれている。第1次世界大戦後、平和思想の潮流が一斉に巻き起こり、「不戦条約」を誕生させた。ドイツ、日本、イタリアの三カ国はこの流れに対抗するものだったが、これは全体的な発展が他国より遅れていたこと、またこの流れに乗り遅れたことによる。人類の歴史の主流をつかめなかったからこそ、他国に苦しみをもたらし、自国を滅亡へと追いやったのだ。ファシズム国家の敗戦と植民地の解放に伴い、平和の潮流は以前よりもさらに大きくなった。それに加え、科学技術や経済、グローバル化の発展によって、国家間の境界線は発展すればするほどますます曖昧になりつつある。欧州の歴史の発展はアジアの歴史の発展の鏡となる。ただ、欧州の具体的な状況は、アジアとは異なる。アジアは欧州のような硬直した共同体は必要ない。しかし、依然として超国家組織として各国の利益を整理統合する必要はある」と指摘した。

 西原氏はその後ある希望を述べた。中日両国の民間の力が、主流の歴史的観点を普及させる上で、政府の各方面での政策決定に影響を与え、自身の役割を発揮することだという。西原氏は、中国が世界的な影響力を持つ大国として、歴史の大きな潮流のために貢献することを願っている。

 最後に、ゲストたちは中日関係やアジアの平和についての討論を行った。

「人民網日本語版」2014年4月18日

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