日本で漢詩創作がひそかなブームに
2013/10/14

 漢詩という芸術形式が、古い時代に中国文化とともに日本に伝わってから、日本でも漢詩が創られはじめた。漢詩はここ数年、日本で再びひそかなブームとなっている。漢詩の創作方法を学ぶ人が増え続けており、そのうちの多くは若い人という。新華網が報じた。

    日本で「詩」と言えば、長い間、漢詩のことを意味していた。歴史を振り返ると、江戸時代から明治時代初期が、日本における漢詩創作のピーク期にあたり、多くの詩人が世に出た。「東京新聞」の報道によると、漢詩の創作を始めた人が最近増えているという。時間的に余裕がある定年退職した高齢者だけではなく、若い人も増えており、オンライン学習ができる漢詩関連サイトも人気上昇中という。

    今年66歳になる香取和之さんは、2年前から漢詩を創作している。退職前、大手メーカーの管理職を務めていた香取さんは、中国の古詩から人生の大きなヒントを得た。唐代の名臣・魏徴による詩「述懐」の中の「人生感意気(人生意気に感ず)」の一節を読み、深く感銘した。香取さんは、「当時、管理職としての大きなプレッシャーを乗り越えることができたのは、この詩のお蔭。だから、自分も人の心を奮い立たせることができるような漢詩を創りたいと思った」と述べた。

   退職後、香取さんは自宅近くの漢詩教室に通い始め、「漢詩を通して『一人前の男』の志を表現する」ことを目標にした。香取さんは現在、1カ月に2,3首の漢詩を創ると同時に、同好者と定期的に交流して共に学び合っている。

    東京都大田区に住む医師・上野逸生さんも、還暦を過ぎている。上野さんは「還暦を過ぎて、これまでの人生を振り返るようになった。漢字と仮名が混ざっている和歌や俳句と比べ、漢字だけで構成されている漢詩はより内容が凝縮され、晩年の自分を奮い立たせてくれる」と述べた。

   上野さんは、「還暦」と題する漢詩を創作した。「晴空一碧蕣華鮮、尽日揺香金木前。幾度春秋迎還暦、虫声地満故人辺」。詩の大意は、「いつの間にか還暦を迎えた。旧友も人生の秋に差し掛かっている。故郷で彼らとともに過ごした青春の日々が、ついこの間のことのように眼に浮かぶ」。

   千葉県に住む田沼裕樹さん(34)は、「もし、後世に自分の創った詩を残すことができたら、それがたとえ1首だけでも、この上なく幸運だ」と話す。大学4年生の時に漢詩を創り始め、すでに十数年が経った。日常あまり気づかない心の動きや、生活の中でふと出て来た言葉を、漢詩という形で記録しておきたいと思っている。

   漢詩の愛好家たちが立ちあげた「全日本漢詩連盟(全漢詩連)」の会員数は、2003年の設立時には約600人だったが、今では約1800人に増えた。「全漢詩連」の窪寺常務理事は、「過去には、漢詩創作の文化が断絶するのではという危機感を持った時もあったが、今では状況は一変した。全国各地に連盟の支部があり、漢詩を学べる場所も増え続けている」と語った。

   インターネットの発展も、漢詩の復興に一役買った。「全漢詩連」の鈴木淳次理事は1998年、無料で参加できる漢詩サイト「桐山堂」を開設、毎年300首以上の漢詩が同サイトに投稿された。鈴木氏は、投稿された作品の優れた点や改良点を細かく指摘し、創作を続けるよう投稿者を励ました。また、漢詩創作でよく使われる漢字の音調について解説した「平仄字典」や漢詩のニ字慣用句を調べることができる「漢詩詞語辞典」をはじめとする新しい漢詩参考書も、ここ数年続々と出版されている。

   漢詩作品の中に、時事の話題をテーマとした新しい創作漢詩も登場するようになった。岩手県釜石市に住み、東日本大震災による津波で自宅を失った男性は、家族と避難した状況を、「突如揺撼破春天、逆浪蹴岩呑万船。此地襲来非一再、追思惨事泪潺潺。(突然の激しい揺れが穏やかな春の日を襲い、津波が岩を砕き、船を飲み込んだ。この地を襲ったのは一回の大津波だけだったが、悲惨な大災害を想い出すたびに涙がこぼれてやまない)」と漢詩に詠んだ。

   自身も漢詩を創作するという明治大学の加藤徹教授は、「漢詩の創作は麻雀を打つのに似ている。ルールをしっかり把握していれば難しくはないが、聞きかじり程度では簡単にはいかない。漢詩の構想を練る際には、和歌と俳句の基礎が必要であることから、漢詩創作は、日本の文学に対する造詣を深めるためのプロセスの一つであるともいえる」とコメントした。

「人民網日本語版」2013年10月12日

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